2021年の新しい朝

2021年の朝が明けた。今日から新しい年。今年は、どんな年になるかというとそれは去年と同じ。コロナウィルスの収束まではまだまだ時間がかかる。ワクチンの接種が始まっても、まだ終わらない。12月301日の東京の感染者数は、1,337人、全国では4,519人。

今までとは違う勢いで感染が広がっている。人数に関しては、検査数が増えているので、増えるのは同然だが、問題は、危機感だ。渋谷区のスーパーに、大晦日に買い物に出かけたが、店内は多数の買い物客で押し合うほどだった。途中で店側が入場規制を始めたが、店も買い物客もあまりコロナウィルスにを気にしていないことがわかる。感染症の拡大は、私たちの感染対策疲れにあるように思われる。アメリカのように1日に3,000人以上も死者が出ているわけではないので、恐怖を感じなくなってきている。志村けんさんの死亡から恐怖を感じていた3月ごろとは違う状況になっている。コロナウイルスの日常化だ。恐怖感は徐々に薄れてきた。

感染のメカニズムが、なんとなく理解できてきたことも要因だ。満員電車の中で感染することはあまりないようだし、満員のスーパーの中でも感染しないのかもしれない。三密を避けると言われてきたが、今の時点では大人数の会食が問題だとされている。

何が正しいのかわからないが、コロナウィルスに対する恐怖心があまりなくなったことが、現時点の感染の急拡大の要因にあるような気がする。感染者の拡大を受けて、医療体制の逼迫が心配されている。不思議なのは、人口あたりの感染者数が日本の何十倍もあるアメリカ・ヨーロッパで医療崩壊と言うようなことになっていない理由は、何なんだろうか。日本は欧米に比べて入院ベッド数が多いとされてきたと思うが、それがコロナウィルス感染症に対応できないと言うのだろうか。

2020年には、老衰を除く、全ての死因の死亡者が減少したということだ。これは、コロナウイルスのために、健康に気をつけているからだろうか。

元旦の朝は、すごく寒いが、クリアな蒼空だ。良い年になる様に祈ってみた。