「あしたのジョー展」@世田谷文学館

世田谷文学館に「あしたのジョー展」を見に行ってきた。芦花公園で降りて歩きながら、前回、世田谷文学館で何を見たのか考えていたが、結局思い出せないままだった。今もまだ思い出せない。

会場に着いて、体温を測り、手をアルコール消毒し、連絡先として氏名・住所・電話番号を記入し、チケットを買おうを窓口まで行った。支払いのために方法を聞くと、現金かクレジットカードだけと言うことだった。ここまで徹底して、コロナウィルス対策を行っているのだから、QRコード決済を導入するとか、キャッシュレスもしっかりやってほしいものだ。

会場の入り口で、あしたのジョーの「あした」は、井上靖の「あした来る人」の一節からとられていると言うことを知った。その文章が入り口に掲げられていたが、写真を撮ろうと思って忘れてしまった。調べてみると、「あした来る人」のラストの文章のようだ。

あしたのジョーはリアルタイムで少年マガジンで読んでいた。ただ最後の1、 2年はあまり良い読者ではなかったかもしれない。高校生になり、遊びも忙しいし、他に読みたいものがたくさんあったから、少年マガジンまで手が回っていなかった。

それでも、漫画の最後のホセ・メンドーサの試合のところは今でも記憶がある。記憶が全くないのは、力石が死んで、ジョーがどさ回りをして、たくさんの相手と戦うあたりだ。多分、読んでいないのだろう。

会場には、ちばてつやの原画や原画や梶原一騎と言った方が良いのだろうが、原作の高森朝雄の生原稿が展示されており、興味深かった。30年位前までの印刷原稿と同じように、手書きの原画に写植がはめ込まれている。それを見ているだけで、この数十年間のテクノロジーの進歩を感じた。とは言え、手書きかコンピューターを使って、誰かが元原稿を描かなければいけないと言うのは今でも同じだ。そこに、テクノロジーの限界も見る。

展示の中で語られているのは、原作者と漫画家の激しい争いだ。どちらも言い分があるだろうが、最終的に画を仕上げて漫画を完成させるのは、漫画家だ。短い文章やセリフをもとに、漫画の世界を作り上げると言う事は、漫画家のストーリーについての理解と再構成力と創造力だけだ。全世界を創るに等しい。単にその場面の画を描くことはできない。そういう意味で、あしたのジョーと言う作品は、単に原作者と漫画家と言うことではなく2人の本当の合作なのだろう。

中でも初めて知って興味深かったのは、最初に少年院で登場する力石を、ちばてつやがジョーよりも、ひとまわり大きく描いてしまったということだ。このために、後に力石がジョーと戦うために過酷な減量を行い、そのために命を落とすと言うあしたのジョーの中のクライマックスを結果的に作り出した。1つの作品を作ると言う事は、生き物を扱っているのと同じだと感じた。

あしたのジョーは、あの力石が死ぬ試合がクライマックスで、そこで終わっても良かった。でも、私たちは、そうならなかったのはよく知っているし、その後のジョーの転落と復活、最後の真っ白な灰になるまで戦うという、もう一つのクライマックスも見てしまっている。

何年か前に、南千住から南に歩いて山谷を撮影して歩いたことがあった。その時に交差点に泪橋と書いてあったのを見て、ジョーの物語を思い出していた。

アーケードのある商店街を抜けると、そこに等身大のジョーの像が立っていた。もちろん、何十年前かをイメージして描かれたあしたのジョーの舞台とは、まるで違うのだが、それでもジョーを身近に感じたのは、あしたのジョーの物語が10代の頃の自分に与えた影響が大きいからなのだろう。

その当時の山谷は、会場で見たちばてつやのコメントでも、近寄りがたい場所だったそうだ。ちばてつやも汚い服を着て目立たないように取材をして歩いたと書かれていた。

会場の最後は、漫画のラストで、ジョーが真っ白になって座っている有名なシーン。ラストをどう描くかと言うことについては、大変な苦労があったと言うことも知った。あの試合を終えた後のジョーを見たいが、それでは物語を台無しにしてしまうのも事実。

あのシーンでジョーが生きているのか死んでいるのかと言う議論があったが、個人的にはどちらでも良いと思う。試合には敗れたと言えジョーは、自ら決めた道を最後まで戦い続けた。それがあのラストシーンの微笑みの意味だろう。