写真の瞬間

写真史に残る有名な写真集はいくつかあって、その一つはアンリ・カルティエ=ブレッソン の「決定的瞬間」だ。英語のタイトルはThe Decisive Momentで直訳。ただしフランス語のオリジナルのタイトルは「逃げ去るイメージ」で瞬間は入っていない。しかし、逃げ去るという言葉には短い時間のニュアンスは入っている。つまり、ブレッソンがとらえたのは現実の瞬間だということだ。

写真は瞬間を写すということになっていて、人間の目では捉えない瞬間を固定できるという効果があるとされる。有名な事例はスピードを出して走る馬の脚が常に地面についているかどうかについて懸賞が出て、それを連続写真を撮って脚が地面についていない瞬間があることを証明したということがあったらしい。

しかし、それは瞬間だろうか。数学でいう点や直線が現実世界に実在しないように、概念的な瞬間は写真では写されていない。写っているのは何百分の一だったり何千分の一だったりする、かなり短い時間が写されているに過ぎない。上の写真は三十分の一のシャッタースピードで撮られているので、その短い時間に車は動き、人も少し動いている。ここに写っているのは瞬間ではない。もっと早いシャッタースピードでも八千分の一とかだから、厳密な意味では瞬間ではない。

瞬間らしいものを撮ったのではない写真で思いつくのは、杉本博司の「劇場」のシリーズとアジェのパリの写真だ。アジェの写真は当時のフィルムの感度の問題で長い時間の露光をしたので動く人は消えてパリの街角だけが写った。杉本さんの「劇場」は映画を一本撮るために2時間露光しているので、映画は単なる白い画面になり人影は完全に消えている。アジェの写真は瞬間の概念とは関係なく街を撮ったものだが、杉本さんの「劇場」は瞬間ではない時間の長さを意図して撮られた時間が写る写真だ。

そういえば、伊島薫の「一つ太陽 – One Sun」も一日かけて太陽の動きを撮った写真だから、瞬間ではない写真を撮ったものだ。無知なゆえに知らないだけで事例はたくさんあるのだろう。