レナウンの破産手続きと日本人の夢の終わり

レナウンが破産手続きに移行すると言う記事が出ている。清算されて完全に消滅するということだが、その仕事を手伝った身としては寂しい気持ちになった。昔の原宿の本社には、出入り業者として何度も行っていて、その輝かしい時代を知っているからなおさらだ。

再建のための支援スポンサーが見つからなかったためと言うが、特に今の状況ではそうだろう。しかし、コロナウィルスの感染が拡大する前からアパレルは苦しい状況にあり、どの企業にとっても大手のアパレルの支援を行う事は難しかった。

ファッションは、自己表現や自分に対する意思表示であり、今は最初から大手と言うだけで難しい。そのために大手はいくつもブランドを抱えているが、全てを成功させることは難しい。同じ大手でも、ヨーロッパの伝統的なブランドや確立されたデザイナーのイメージのあるブランドなら別なのだが、ある意味大衆的な大手のブランドは厳しい。この場合、大手であれば大手であるほど、そのイメージは古いと言うように見られる。

ブランドのイメージの自己革新を継続的に行ってこなかったツケとも言えるが、レナウンの多くのブランドは、今となっては誰が見ても古いと言うことになる。日本の大手のアパレルが百貨店と言う販売装置に頼って、その中に自らを組み込むことによってビジネスを維持してきた。その時代には、誰もが同じように銀座や新宿のデパートに行って、洋服を買う。それが普通の人が行うことだと多くの人が信じていればこそ、このような生態系が成立してきた。

しかしそのような考え方や行動習慣は消え失せ、人々は人とは違う行動をとるようなことになっている。ファッションに関心があれば、手の届くヨーロッパのブランドのセカンド・ラインと言う手もあるし、日本の多くの独立系のアパレル・ブランドをネットで手に入れると言う方法もある。どちらにしても、人と同じと言う事はありえないことを前提に、できるだけニッチなものを探そうとするのがファッションに関心が深い人が取る行動だ。だからファッションに関心が高い人にとって、古いイメージのついたレナウンをデパートで買うと言う事はまずありえない。

だから、コロナウィルスの感染があろうとなかろうとレナウンの運命は決まっていた。

レナウンと言えば日本を代表する企業だった。単にアパレルの企業と言うだけではなかった。アパレル企業として世界一の売り上げを誇る企業になったこともあるが、アパレルと言う業種を超えて、有名企業だったのだ。60年代の有名なコマーシャルは、「ワンサカ娘」や「イエイエ」で、戦後20年もたたない頃に、おしゃれで新しいものとしてレナウンは認識されていた。その時代には、ヨーロッパのファッション・ブランドなど庶民には手の届かないところにいたが、レナウンの値段は手を伸ばせば届くところにいたのだ。紳士服のダーバンも同じで、当時は同じ様におしゃれなファッションブランドだった。テレビではアラン・ドロンのコマーシャルが流れ、デパートに行けば、目立つところにダーバンのイン・ショップが展開されていた。手の届く高級ブランドということか。

レナウンやダーバンの広告が流されていたテレビ朝日の日曜洋画劇場は、当時のエンターテイメントの中心とも言えた。日曜日の夜の9時に洋画を見ると言う生活習慣は、多くの人にとって1週間の中に組み込まれたものだった。視聴率も高く、視聴者も高学歴・高所得というように言われていた。だから、そのスポンサーもサントリーやパナソニックと言うような日本を代表するような企業で、レナウンもその一社だった。

日曜洋画劇場で放送されるコマーシャルも、各社とも力を入れて、長尺のものがあったり、特別のものを作っていた。「ワンサカ娘」や「イエイエ」もその枠で放送されたのだ。

高度経済成長が永遠に続き、全ての日本人が幸せになれる未来を信じていた時代だったのかもしれない。そんな時代のおしゃれなファッションブランドはレナウンとダーバン。その倒産はは、日本がもっと豊かになれると言う夢のが終わっていたことをもう一度気づかせてくれた。