鬼城弘雄さんが亡くなった。

ニュースでは死因について何も報道されていないのでよくわからない。でも、「ペルソナ最終章」を購入したのは去年だし、最近でも限定版の写真集の記事を見ていたので驚いた。

はるかに歳上のアラーキーや森山大道さんが現役で活躍しているし、ほぼ同年代の杉本博司さんも次々と新作を発表しているので、残念だ。「ペルソナ最終章」は出版されたが、きっと今までも浅草で撮影されていたのだと思う。

鬼城弘雄さんと言えば、浅草寺の朱色の壁の前で撮ったポートレートが有名だ。その独特のグレーの階調が美しい。何度かプリントも見たが、私の技術ではあのような豊かな階調を出すのは難しい。

そして、何より50年近くも同じように浅草に出かけて、自分の撮りたいと思うような対象者に声をかけ、写真を撮り続けてきた。その自分の写真に対する想いと言うか信念が圧倒的だ。

50年近くも撮っていると、何十年か前に撮った人をまた撮ると言うことが、何回も起こっている。写真集には、その両方が収められているが、まさにそこに時間が写しとられている。

私も浅草の、「鬼城さんの壁」と呼ばれるあの壁の前で写真を撮ったことがあるが、写真を撮るには、私にはあまり良い環境の光ではない。だが、そこで撮っているからこそ、あの美しいモノクロのプリントができると言うことも何となく理解はできる。

鬼城さんと言えば、ポートレートが有名だが、「東京夢譚」のような人の写ってない東京の風景やインドとトルコの写真集もあり、それぞれ魅力のある写真がたくさんある。また文章もたくさん残されていて、その本を読むと自分の足でたくさん歩いて被写体を探す地道な努力を常に欠かさないのだということも知っている。

鬼城さんの6×6のスクエアのフォーマットの写真を摂っているハッセルブラッドは、20代の時に大学の恩師に助けてもらって購入したものを今でも使っていると言うことだ。つまり誰かのように、常に新しいカメラのことを考えて、色々なカメラやフォーマットを使うと言う、わたしのような人と違うと言うことだ。

そのスクエアのフォーマットは機、鬼城さんが好きと言うダイアン・アバースの写真から影響受けたと言うことなのだろう。確かにダイアン・アバースもスクエアのフォーマットで、たくさんのポートレートを残している。しかもそれも、一般の人ではなく、ちょっと変わった特徴のある人を撮っているので、鬼城さんの写真と通じるところもある。

鬼城さんとは直接話した事は無いのだが、写真展やギャラリーですれ違ったこともあり、いつかお話を聞いてももらい聞かせてもらいたいと言う思いもあったが、その機会は永遠に失われた。