Brompton試乗

輪行を考えているので折畳み自転車を検討しているが、電動ではなく普通の自転車に心が決まったので、候補であるBromptonの試乗に出かけた。決め手はデザインとその携帯性の高さだ。調べると、その名前がロンドンのブロンプトン大聖堂に由来する事が分かって、より親近感が湧いた。

ロンドンは駐在こそしなかったが長期出張で長く滞在して、出張の回数でも4年に亘って20数回も行った町だが、出張の際にはメイフェアに定宿があったのだが、長期滞在の際にアパートを借りた。それがあったのはサウスケンジントンで、よく散歩した道がブロンプトン通りで、それを歩いていくとブロンプトン大聖堂があった。

そんなことも思い出しながら代官山のBrompton Junction Tokyoを訪ねた。試乗したいことを申し出ると名前も聞かないうちに一台を外の道まで運んで周辺の道路の説明をしてくれた。高価な自転車の試乗に名前も聞かないことに驚いて、そう伝えると、店の人は「ブロンプトンを買おうという人に悪い人はいません」と事もなげにいった。その瞬間に心は決まっていた。心配なのは、いつも乗っているマウンテンバイクとのギアの違い。代官山周辺は坂道が多くて、それをBromptonのギアと自分の脚力で登れるかということだけ。

簡単な説明の後、自転車を走らせてみると小径タイヤ故の反応の早さに最初は戸惑ったが、すぐに慣れた。坂道を下りて登り始めるとギアを軽くすると容易に坂も登れることが分かった。しばらく代官山周辺を走り回って店に戻ると、後は何色にするかだけを迷っていた。

自転車検討中(続き)

輪行できる自転車を検討中だが、ここでいう輪行とは北海道とか九州に行こうという話ではない。家から数時間の距離のことだ。神奈川とか埼玉、千葉を考えている。あるいは、家から自転車で出かけて疲れたら電車で帰ってくるというイメージだ。

検討しているのは、前に書いたブロンプトン、ダホン、バイク・フライデーそれから電動のデイトナだ。ブロンプトンはデザインや折畳みの容易さ、小ささが魅力だが、いかにも価格が高い。とは言え、バイク・フライデーも高い。でも機能性は認めるが、バイク・フライデーのデザインのデザインは好きではない。ダホンは価格が魅力だが、デザインやブランドのストーリーが魅力的に見えない。そうなると、電動のデイトナはデザインも好みだし、疲れたらアシストを使える安心感もある。価格も、ブロンプトンやバイク・フライデーと同じ価格帯。

書いていると、どうも普通の自転車のイギリスのブロンプトンか、電動で日本製のデイトナかということになる。普段乗るのが普通のマウンテンバイクなので、追加は電動が良いかという考えも浮かぶ。なかなか結論を出せずにいる。

自転車検討中

自転車を買うこと検討中だ。週末はなるべく1時間は自転車に乗ろうと努力している。もちろん天気の良い日だけだ。家から東西南北、すべての方向に出かけている。カメラを必ず持っていくが最近はあまり撮れていない。海外で大量に撮影した反動か、その結果、撮るものが変わってしまったのかフィルムの消費量が落ちている。

それはともかく自転車の話だ。自転車もマンネリ気味で出かけるのが面白くなくなってきた。一番よく出かけるのは東京都写真美術館と代官山の蔦屋だが、写真美術館は年間会員になっているとは言え、そう毎週も行けるところではない。

今乗っているのは古いマウンテンバイクだ。それを買ってからアメリカの大学に行った際にキャンパスがあまりにも広いのでキャノンデールのロードレーサーを買った。その自転車はニューヨーク駐在時代まで乗って帰国する際に友人に譲った。なので、現時点で持っているのはマウンテンバイク1台。サイクリングのマンネリ状態を受けて、検討しているのは輪行をするということだ。真っ先に思いついたのはロンドンに長期出張していた時に、購入を検討してロンドンの自転車に何度も見に行ったブロンプトンだ。ただ、郊外に輪行しようと思うと考えるのは小径のタイヤの自転車で良いかどうかということ。友人に聞いたりネットで調べたり、ただ今、情報収集中。

小径もブロンプトンだけではないし、最近は折畳みでも電動車もある。フルサイズにして本格的に輪行という選択肢もある。迷って結論が出せないでいる。

それがしの一日

少し忙しくなってブログが半年も放置状態になった。忙しいと言っても簡単なブログを書く30分ほどの時間もなかった訳ではないので、むしろ精神的な問題。色々なことが一度に起きて対応できなかった。とは言え、しっかり夏休みを取って関西に行ったし、9月には1週間、イタリアを旅行した。振り返ってみれば大したことのない出来事の集積なのだが、その真っただ中にいると、そのようには考えられないことは今までも経験してきたことだが、どうも性格の問題なのだ。目先のことで頭が一杯になってしまう悪く癖はこの年になっても治らない。

城山三郎が石坂泰三について書いた「もう、きみには頼まない」に出てくる「それがしの一日」のような気分というか気概が備わっていないということだろう。あれを読んだのはもう18年も前になる。その当時、やはり大きなプロジェクトに一年余りも関わって、まったく余裕のない時期だった。そのプロジェクトの仕上げのために3週間の海外出張に行く際に持参した何冊かの文庫本の中の一冊だった。石坂泰三という人物のスケールと自分を比べるのも愚かなことだが、それでも「それがしの一日」ということだけは忘れないようにしようと出張先のドタバタの中で考えていたことをよく覚えている。ついでに書くと、予期しない事態が発生して、帰国してから半年もその収拾のためにまた忙しい思いをすることになった苦い思い出も蘇ってくる。

それがしの一日から余計な連想をしたが、これからは、その教訓を生かして周りをよく見まわして生きていこうと思う。どうせ、残り少ない人生、真剣過ぎても危ない目に合うばかりだから余裕を持たなければと思うようになってきた。

ということで2017年はこの数年の中でもちょっと緊張した年だった。年末になって思うことは、考えすぎず新しいことにチャレンジしようということだ。