死の日常化「生きているものはいないのか」

前田司郎の「生きているものはいないのか」の舞台を見てきた。上演したのは、888企劃という劇団。

その日は、新型コロナウイルス感染症の新規感染者数が、日本全国で2,865人で記録を更新した日だった。アメリカでも、205,460人の新規感染者が記録されている。日本で亡くなった人も14人増えて2,109人に達した。東京でも新規感染者数は561人と、2日続けて500人を超えていたが、新宿の町は人が溢れ、平穏だった。いつも変わらない、コロナウイルスとは関係ないような街の景色。

「生きているものはいないのか」は、理由もわからず次々と人が死んでいく、一般的には「不条理劇」と呼ばれる舞台だが、2020年のコロナ禍の年に見ると別の意味を持つ。舞台の上で、次々としかも突然、意味も分からず人が死に、その役者、つまり死体は舞台に放置されていく。通常の劇のように溶暗して、役者=死体が舞台から消えることはない。舞台の上が、劇が進むにつれ死体で溢れてゆく。死が目の前に積み上げられてゆくのだ。

新型コロナウィルスのために、世界ではすでに140万人が亡くなっている。想像もできない数だ。人類は太古からずっと感染症と戦ってきている。しかし、医学や薬学の発達により多くの感染症は死に至る病ではないと私は思っていた。それが、21世紀の今日、感染症を止めることも治すこともできない。世界中の人が不安な毎日を過ごしている。この日常は、まるで「生きているものはいないのか」の舞台の中のような状況だ。現実の私たちの生活が、まるでこの舞台のようだ。

他の舞台は見ていないので分からないが、888企劃の今回の舞台は、18人の役者それぞれが、意味もなく理由もわからず死んでいくと言う状況に直面した人間を個性豊かに演じている。また、多くの死に直面した人間がどのように死を捉えるかと言うことを私たちに伝えてくれる。登場人物の中では、ただ1人、自らの死を意識してきた病気の少女だけが迫り来る死を意識してきたのだろうが、それ以外にとって死は遠い将来のこととして、リアルには捉えてはいなかった。それは見ている私たちの死との関わりと同じだ。それが、目の前で多くの人が死んでいく世界で死に慣れてゆく様が痛々しい。

死は、いつかは誰にも訪れるものでそれが頭ではわかっているが、現実のこととして捉えていないと言うことを思い知らされる。少女の言葉に出てくる自分のいない、死んだ後の世界と世界が滅びた後に残された自分、どちらも同じだと言う言葉が胸に刺さる。

コロナ禍の今年、この舞台を見ることができて、もう一度死について考えるという良い機会になった。

萩原朔太郎の青猫の鉄塔

いつもの散歩道に、いくつも地元のいろんな事の説明のパネルが立っていたりする。ある日、萩原朔太郎と言う文字に反応して見てみると、側の鉄塔が萩原朔太郎の青猫のきっかけとなったと言うことが書かれていた。

都会の空に映る電線の青白いスパークを大きな青猫のイメージに見てゐるので、当時田舎にゐて詩を書いていた私が、都会への切ない郷愁を表象している。

定本青猫 自序

前橋に住んで、この鉄塔のスパークを思い出していたそうだ。朔太郎が、その鉄塔の下に、今はない三角屋根の家を建てて移り住んだのは、昭和8年(1933年)だそうだ。今から87年前。きっと変わらないのは鉄塔と、その付近の丘の起伏くらいで全てが変わっているのだろう。そして、娘の萩原葉子が、「蕁麻の家」で書いたのは、その家のことのようだ。

今の鉄塔で青いスパークを私は見たことがないが、朔太郎が生きた昭和の初め、つまり100年近い前はそうだったのだろう。そのスパークを青猫に見立てるのはやはり詩人の技だ。

この鉄塔は、駒沢線61号鉄塔という名前のようだ。丘から見ると三軒茶屋の方向に向かって鉄塔が並んでいる。補修はされているのだろうが丈夫なものである。電気の供給は生活のライフラインだから、特別の注意を持って管理されていることだろう。このあたりの、環七のそばでは、鉄塔が建っていることを見かけたことはあったが、朔太郎の青猫と関係があることなど全く知らなかった。これからは注意して地元の説明パネルを読むこととしよう。

下北沢に温泉

下北沢と言うと若者の街で、劇場、ライブハウス、中古ビニールレコード、中古書店と言うようなイメージだが、なんと温泉旅館がオープンした。

下北沢といっても駅で言えば世田谷代田駅の方が近いが、下北沢からも徒歩圏内だ。できた温泉旅館は、温泉旅館「由縁別邸 代田(ゆえん べってい だいた)」という名前で、本当に世田谷代田駅に隣接している。

2013年3月に小田急線が地下に潜った後のスペースが、「下北線路街」として再開発が進んでいる。区間は、世田谷代田駅から東北沢駅まで2区間なのでかなり広い敷地になる。旅館の隣には、先にボーナストラックと言うエリアができていて、前からいつも行く本屋のB&Bも、そこに移転している。というか、そもそもこのボーナストラックというエリアは、B&Bが中心になってシェアオフィスや若い人が店舗を持つことを支援するために企画されたようだ。

それで温泉だが、この旅館に日帰りプランがあると言うので、家族で行こうとしたが、人気が高いのか全て売り切れになっていて当分行けそうにもない。温泉ではなく温浴プランと言う名前になっているが、ランチのついているプランが4900円で、お茶とお茶菓子がついているプランが2700円。遠くの旅行温泉まで出かけることを考えると割安感があるので利用してみたいと思っている。ただ予約状況を見ると年内は無理そうだ。

ジョン・グリシャムの新刊が村上春樹訳

書店で平積みになっているジョン・グリシャムの新刊が村上春樹訳と言うのに非常に驚いた。ジョン・グリシャムと村上春樹というその組み合わせが、私の想定外だったからだ。どちらも好きな小説家だった。と言うのは最近はどちらの小説家の作品もあまり読んでいないからだ。

ジョン・グリシャムに関して言うと、10年位前までは必ず新作を読む習慣だった。1989年にアメリカの大学に行った時に、書店に行くと必ず平積みになっていたのが、カズオ・イシグロの” The Remines of the Days”とジョン・グリシャムの”The Firm”だった。人気のあるものを読んでみようと言うことで、どちらの作家も知らなかったが、両方とも買って読んだ。そして、どちらの作品にも違った形で面白く読み、興味を惹かれた。それ以来、その2人の作家は私の購読対象リストに入った。

ジョン・グリシャムと言えば、The Firm

ジョングリシャムに関して言うと”The Firm”の設定とストーリー展開に引き込まれ、それ以来あの感覚のためにずっと読んできたが、10年位前に、もうその感覚がないと感じて読むのをやめた。当時は、ミステリーに関して言うともっと他の作家に時間を取られることが多く、ジョン・グリシャムまで手が回らなかったのだ。例えばマイケル・コナリーやブライアン・フリーマントルなどだ。

村上春樹については、アメリカに行った頃から読まなくなってしまった。理由の一つは、あまりにも人気作家になって、ヒット作を連発するので、あまのじゃくの性格が村上春樹を遠ざけたのかもしれない。それでも短編集が好きで時々は読んでいる。長編は、「ノルウエーの森」が最後になっている。

いずれにしても、気になる作家が組み合わさっているので、読まなければいけないと、読みかけの本を中断して久しぶりにジョン・グリシャムの本を購入した。Kindleだ。電子本は、読みたい時にすぐに買えるので便利だ。

「グレートギャツビーを追え」とは、

翻訳のタイトルは、「グレートギャツビーを追え」だが、原作は”Camino Island”。ギャツビーはタイトルには入っていない。タイトルを決めたのは、村上春樹か出版社かわからないが、この小説のタイトルとしては、こちらの方が良い。ただしジョン・グリシャムは、この続編とも言うべき、”Camino Island”の主要登場人物が主役となる続編の”CaminoWinds”を出しているので、シリーズ化する意図が最初からあったのかどうかわからないが、2冊出てみると原作のタイトルは収まりが良い。

文学論か?

読んでみて思ったのは、この小説はジョン・グリシャムの単なるミステリーと言うよりも、文学や作家論で多くの作品や作家に言及する。ジョン・グリシャムといえば、いくつかの例外を除いて法廷ミステリーだが、この作品は本についての愛情の表明的な意味がある。オンライン書店ではなく、リアルの書店の役割や楽しさも描かれていて心地よく感じる。そこにも村上春樹は惹かれたのかと思った。さらに、中心となるのがF・スコット・フィッツジェラルドのオリジナル原稿と言う事と、それがプリンストン大学の図書館から盗まれると言うことだ。村上春樹のフィッツジェラルド愛は有名だし、実際にグレートギャツビーも翻訳している。それから、村上春樹はいっとき、プリンストン大学で学んでいた。そういうことで、村上春樹がこの小説の翻訳に関心を持つことが理解できる。

また、主人公がスランプに陥った小説家で、彼女が自作について悩みながら事件に巻き込まれていく展開は、作家の気持ちとして、村上春樹にとっても共感できる内容だったのだろう。

モデルはアメリア島

小説ではCamino Islandとして登場するが、モデルとなっているのは、フロリダ州のジャクソンビル郊外のアメリア島だということだ。フロリダ半島の東岸には、岸からほんの少しだけ離れて、たくさんの島が並んでいる。それぞれ、海水浴場やゴルフ場のあるリゾート地となっている。 個人的には、何度かフロリダのビーチに行ったことがあるが、アメリア島と言うのは今回初めて聞いた。ジョン・グリシャムがモデルとして選ぶほどだから、良いリゾートなんだろう。

小説では、事件は一応の決着を見る。グリシャムは、この小説の登場人物を利用して同じ架空のリゾート地を舞台に新たなミステリーを発表している。それが”Camino Winds”。

ちょうど読み始めたばかりで、何も書くことがないが、第一作で作り上げた人物に感情移入しているので、最初からストーリーに入りやすい。第一作の主人公のメーシーも、スランプを脱して作品を発表して登場する。まだ、読み始めたところだが、ちょうど面白くなってきたところだ。

(ミステリーなので、書く内容に注意が必要で苦労する)

「ハッピーエンド通信」発見

本棚を整理していて「ハッピーエンド通信」を見つけた。2冊しかないが、もっと持っていたはずだ。そもそも記憶では表紙が4色カラーではなかったと思っていた。何度も引っ越しを繰り返しているので、まだ持っていたのは不思議だ。大学を卒業した頃に、先輩がもっと持っていたのを見て、自分でも買い始めた。

この頃は、常盤新平訳のアメリカの小説をたくさん読んでいた。アーウイン・ショーの「夏服を着た女たち」とかそういう類だ。

村上春樹も寄稿者

「風の詩を聞け」を読んだのと「ハッピーエンド通信」を買ったのがどちらが先か思い出せない。「ハッピーエンド通信」で見た村上春樹の小説を買って読んでみたというような気もする。「風の詩を聞け」は、それまで好きだった日本の文学とは違う世界に痺れていた。無国籍という言葉もよく使われたが、無国籍などという野暮な言葉ではなく、まるでどこか遠い星の話のように新鮮だった。それまで読んだどの日本の小説より洗練されていると感じた。その村上春樹が寄稿していたことも「ハッピーエンド通信」を特別にしている。きっと、千駄ヶ谷で経営していた「ピーターキャット」のカウンターで、「ハッピーエンド通信」の原稿を書いていたのかもしれない。

アメリカの文化についての情報は少なかった

この雑誌を中心で、編集し原稿も書いていたのは、常盤新平、川本三郎、青山南の各氏。それぞれが、アメリカの文学や映画文化に詳しい人たちで、その人たちが伝える当時のアメリカの最新のニュースが新鮮だった。ポパイは創刊されていたが、どちらかと言うとファッションやスポーツが中心で、文化的な情報は映画程度で少なかった。そういうことで、当時のアメリカかぶれの私にとっては、実に良い情報源でずっと買っていた。今と違って普通のメディアでは、アメリカの新しい情報など手には入らなかった。今ならネットを通じて何でもアクセスできるが、そのようなものもなかった。あったとしても当時の私は英語でものを読む気はなかっただろう。

紙質の良くない雑誌の小さな記事に驚いたり、仲間との会話に入れて知ったかぶりをしていた。

考えてみれば、「ハッピーエンド通信」やアメリカ文学などを通じてアメリカへの憧れが高じた結果として、1989年にアメリカの大学に留学することになる。しかし、これを買っていた頃は英語で情報を読む気もなく、仮にネットがあってもアメリカのサイトにアクセスをしなかったかもしれない。その後、結婚した妻の英語学習が伝染してついには留学までしてしまう。

原因か結果かわからないが、どうも、この頃の「ハッピーエンド通信」を読んでいることが関係している。

発掘した2冊

手元にある1980年3月号は、ミュージカルの「ヘアー」が映画化されると言う表紙で、村上春樹がスティーブン・キングについて書いている。面白いのは、その表記で、スティフン・キングになっている。それは、誰だという感じだ。その記事のなかで、村上春樹は”The Stand”を紹介しているのだが、調べてみると”The Stand”は1978年に発表されているので、この頃に日本で翻訳が出てたのかもしれない。当然、この頃には「キャリー」や「シャイニング」が映画にもなっていて、有名な作家だったから知らない人はいないのだが、今のあの膨大な作品群と名作の数々で偉大な作家になる前の段階だ。

もう1冊は1980年7月号で、アメリカの雑誌カタログと言うタイトルで様々なアメリカの雑誌が紹介されている。この号に筑紫哲也が、ウォルタークロンカイトの後任にダン・ラザーが決まったと言う文章を書いている。これが時代を感じさせる。

とりあえずこの2冊を読んで1980年を再体験してみよう。それから他の「ハッピーエンド通信」がないか探してみるが、もしかすると実家に送った大量の書籍に紛れているのかもしれない。やはりこの頃よく買っていた「ユリイカ」のバックナンバーを大量に送ったのを覚えているので、捨てられない雑誌ばかり一まとめに送っている可能性もある。

ともかく、2冊の「ハッピーエンド通信」で40年前を追体験した。

SnapchatのTikTok対抗策

TikTokの急速な普及により、動画共有サービスは対策に追われている。TikTokと同様のサービスを、FacebookはReelsとして導入した。Snapchatの対抗として、Storiesを導入したのと同じだ。

Snapchatも音楽とビデオを組み合わせたTikTokと似たサービスとして,Voiseyという別アプリを 先週からを始めている。

新サービス Spotlight

そしてさらに今週になってSnapchatのアプリの中でSpotlightと言う機能を追加した。Snapchatは24時間で消える動画を友人とだけ共有するサービスが中心だが、TikTokのように一般の人にも見られるようにする機能だ。TikTok のFor Youと同じように、アルゴリズムにより選ばれた自分の好みや投稿傾向で選ばれたビデオを視聴することができる。Spotlightは完全にTikTokを真似したものでTikTokにユーザを奪われていることへの逆襲である。TikTokはこのアルゴリズム優れていると言われるがSnapchatは同様にできるのだろうか。

人気の投稿者への1億円の報酬

また、Snapchatのユーザーに、一般にもビデオ公開するように働きかけ、ビデオを一般公開に設定させなければいけないので、これを奨励するために毎日約1億円の報酬を視聴数の多い投稿者に分配することを発表している。この毎日1億円の報酬は現時点では年内いっぱいと言うことだ。

さらにTikTokへの対抗としてSnapchatの売りである拡張現実レンズの機能も使える。

開始の時点では広告は入っていないが一般論としてはこのようなサービスが始まるとある時点から広告が入ってくるコットが予想される。

Snapchatの1日のアクティブユーザーは、全世界で2億4900万人、アメリカ国内では9,000万人。TikTopは全世界で10億人を超えていると言われる。これは、中国での同サービスのDouyinがカウントされるからだ。中国の人口を考えると、国内市場である一定数のユーザーを抱えると開発やビジネスモデルの確立に有利だということが言え、TikTokもこの方程式で成功している。

狂気と驚異の構成:Mr.Robot

テレビをほとんど見ないが、アマゾンのPrime Videoで海外ドラマよく見ている。それも、映画ではなくて海外テレビドラマが好きだ。映画より圧倒的にじかんが長いから、ストーリー展開が複雑で人物像も深く描かれるからだ。でも、次々と見たくなる連続ドラマ避けたいのだが、面白そうなものが多く、ついハマってしまって一日に何回分も見てしまう。できれば1話完結型のもので、連続の要素が少ないものが望ましいのだが、一話完結にしても興味をつなぐ縦糸として連続的な要素が入ってくることが多い。手法として、クリフハンガーよ呼ばれ、宙吊りのように次回につなぐためだが、これがいけない。狙いどおり次がみたくなってしまう。

あらすじ(ネタバレなし)

最近のものでどうしても続きがみたくて、1日に何回分も見てしまったシリーズに、「ミスター・ロボット」がある。最近人気のラミ・マレックの主演するもので、主人公のエリオットはニューヨークに住む天才ハッカーだ。彼は神経症を病んでおり、様々な症状に悩んでいる。それをコントロールするために適度にドラッグを使い、同時に回復のための薬を服用して、中毒の悪化を防いでいる。天才ハッカーなので周辺の人の個人情報をハッキングで手に入れてデータを保存している悪趣味な男だ。

そのエリオットが、ドラマの中ではEコープと言う巨大企業とダーク・アーミーと言う謎の組織との戦いに巻き込まれていくストーリーだ。地下鉄で、Eコープとダークアーミーが企む陰謀を食い止めようとするハッカーグループに参加するように求められる。驚いたことにそのグループを率いているのは、彼が幼い頃に死んだはずの父親だった。エリオットは様々な出来事に対応しながら巨大企業と悪の組織を追い込んでいく。と同時に彼自身の神経症も悪化して何をしているのかわからい状況まで追い込まれる。

ドラマはよくあるような陰謀もののストーリーなのだが、登場する人物の造形やスピーディーな展開と複雑な構成で目を離せなくなる。特にハッカーグループのメンバー、ダレーンやエリオットを追うFBI捜査官のドミニクが良い。

ネタバレになるので、これ以上書けないが、見ていてその緊張感や途中で訪れるちゃぶ台返しに驚くことになる。

ラミ・マレック

主役のエリオット演じるマレックは、今や最も注目される役者だろう。2018年のBohemian Rhapsodyのフレディー・マーキュリーの役は圧巻だったし、2021年に公開が延期されたジェームス・ボンドのNo Time To Die の悪役でさらに注目を集めるはずだ。

ミスターロボットのエリオットの危うさと凄さを演じているのを見ると、彼の才能の豊かさに驚かされる。エジプト系のアメリカ人と言うことなのだが、その独特の風貌はナイトミュージアムに出ていた頃から見覚えがある。エジプト王の役だったがそれはその風貌で採用されたのだろう。プロデューサーでこのシリーズの創造者で脚本家であるサム・エスメルもやはりエジプト系のアメリカ人である。ただし、このドラマでは、エスメルにしてもマレックにしてもエジプト系であるかどうかはあまり関係がない。どちらも才能豊かというだけだ。エスメルが、マレックを主役に採用にあたって、エジプト系かどうかを考慮したかどうかは知りたいものだ。

彼のモノローグが中心になって話が進むが、この声のゆっくりとしたトーンが展開の基調になって、画面とアンバランスな感じが緊張感を高める。

カーリー・チャイキン

Fソサエティの中心人物で、ウイルス・コードなども書くプログラマーのダリーンを演じる。物語の中で重要な役割を果たす。この女優は、今までに見たことはなかった。

途中まで展開がよく分からないのだが、だんだんと彼女の重要性が分かってくる。これ以上はネタバレになるので書けない。そして、彼女が大きな仕掛けを繰り出して、敵を倒してゆく様はなぜか爽快感を感じる。

細かなこだわりが面白い

このドラマの各回のタイトルは、ビデオファイルの拡張子が付いていたり、暗号ファイルの拡張子が付いていたり、インターネット上でのエラーコードのような名前が付いていたりして面白い。ハッカーの物語だから、そこもシャレにしているということか。

ドラマに登場するEコープのロゴをどこかで見たような気がしていたら、エンロンだった。エンロンも史上最大の粉飾決算を行った企業として歴史に名前をとどめているが、そのロゴを使うと言うのもEコープの素性を最初から提示しているのか面白いアイディアだ。

このドラマはニューヨークで撮影されているので、見覚えあるようなところが時々出てくるが、1番印象的なのはEコープの本社ビルの外観で、よく前をとっていた57丁目とレキシントンの交差点にあるビルが使われている。

それから、もう一つ好きなのは、このミスターロボットのタイトルのロゴだが、セガが作っていたフォントだ。セガの会社のロゴやソニック・ザ・ヘッジホックのロゴにも使われていた。

面白いといえば、ハッカー・グループのFソサエティがマスクとして使っているのがモノポリーのおじさんのキャラクターでこれがほのぼのしていて良い味が出ている。

細かいところまで作りこまれていて面白かったが、残念なのはシーズン4の展開が予想通りでもう少し驚かせてほしかった。若干のマイナスでも、好きなドラマということに変わりはない。

LDK+Wの住宅

日経の記事でLWDKという言葉を見た。従来のLDKにワークスペースを意味する「W」を加えたものだ。

在宅勤務を前提に仕事場の機能を加えた住宅の建築様式である。テレビでよく広告を見るオープンハウスが取り扱っているようだ。通常の住宅にWを付け加えるには15万円から40万円の費用がかかる。そのパターンも、オープンタイプ、セミオープンタイプ、クローズドなどいくつから選べるようになっているそうだ。これは、欲しい人が多いに違いない。ZoomやMicrosoft Teamsのようなリモートワーク用のシステムでは背景が変えられる機能が備わっているが、専用のスペースの方が働きやすいことは間違いない。

ステイホームで働く場所

コロナ禍までは在宅勤務と言う発想そのものがなかったので、多くの住宅でそのようなスペースは確保されていない。個人の専用のスペースを確保するのが難しいのが、都市部の住宅事情だ。だから、在宅勤務をすると言う事は、キッチンであったり、リビングの一部であったり、廊下のはずれに小さな机を置いてスペースを作ったりというような苦労して働いている。

オフィスに行って働く権利

先日、後輩と話していると(これもオンラインの会話だ)、彼は独身なのだが、あまり会社に行かないと言う。ほとんど在宅で業務が行えるので行く必要がないと言うことと、会社の方針で出勤率を何%と決めているので、その枠を同僚に使ってもらっていると言う事だった。それは小さな子供がいるような家庭では、当然スペースもないので、在宅勤務が難しと言うのが理由だ。そういう同僚は、出社せざるをえないと言う状況になっているために、彼は「出社する権利」、それも不思議な言葉だが、それを同僚に与えていると言うのだ。

そもそも自宅に個室がなかったり、スペースが足りないと言うのは、通勤を前提にして職場まで近い都市部に住宅を決めているから起こることで、通勤しないと言うことであれば都市から離れた地価の安いところで、広い住宅を持つことができる。それによって在宅勤務用の個室を作ることもできる。オープンハウスのように商品化しているところもあるが、土地に余裕のあるところで広い家に住めば余っている部屋を使えば良い。

今年から急速に進んでいる在宅勤務の流れは、今後も続くと思われる。しばらく前にYahoo!ジャパンが出したオンラインに引っ越しますと言う広告は、会社全体で在宅勤務に切り替えると言う宣言であった。この傾向が続けば、大都市周辺の通勤圏より少し遠い住宅地に住民の移動が始まる。これは良い傾向で極端な都市集中が少し緩和される。

コロナ収束後の働き方

問題はワクチンが接種され、コロナウィルスの危険度が下がり、今のこの状況を忘れて昔の仕事のやり方や生活を取り戻そうとする動きが出てくることだ。極端に在宅勤務にこだわる必要はないが、必要なときにはオフィスやどこかに集まって、顔合わせて仕事をすることを全て否定しないが、できることはリモートで済ませるように、社会全体が合理的に考え、排出二酸化炭素を減らす生活、仕事の世界になることを期待している。鉄道会社や都市部の飲食店など、困る産業もあるが、そこは個々の努力で乗り越えてもらいたい。

赤い死の惑星と当面の危機

火星は固い岩の地表面を持った惑星だ。英語圏では赤い惑星と呼ばれるが、それは地表の地表の岩盤に錆びた鉄が含まれているからだ。宇宙から見ると錆の赤が特徴的で、地球が水の青に見えるのと対照的だ。

火星探検が成功した歴史は浅いが、何回か着陸機が火星まで到達している。その結果、火星の南極地方に氷があることが確認され、2004年には実際に着陸機が水が地表に存在した痕跡を発見している。

このようなことから、火星にはかつて海がありそこに生命も存在してたと考える学者が多い。しかし、今はそのような水の痕跡だけがあり、赤い乾いた死の惑星である。

最近発表された研究によれば、火星のケルベロス地溝帯で53,000年前に噴火が起こったと言う根拠があると言う。そして、今でも火星の火山は生きている可能性があり、また噴火してもおかしくはないとされた。宇宙や地球の歴史で言えば53,000年前と言うのは、ほんの一瞬の前に過ぎない。

知らなかったが、惑星が生命を生み出すためには火山活動が重要だそうだ。火山の活動によりエネルギー、炭素、水と栄養素が生み出され、それが結果として生命の誕生につながる。地球で起こったことが、火星でも起こったと考えるのが自然だ。火星に海があり生命がいたと言う事は、今の火星の姿を見ると想像は難しいが、もしそれが事実ならどうして海も生命も消えてしまったのか。そして、何年前に、そうなったのか疑問はいくつもある。

今の人類が地球に生息するようになったのは2万年から1万年前のことで、宇宙の歴史から言えば、ごく最近の出来事だ。ネアンデルタール人にしても、せいぜい10万年前までしか遡らない。その時代に、空を見上げたネアンデルタール人が見たのは、赤い惑星の火星なのか、それとも海を持つ青い惑星の火星なのだろうか。

人類がその歴史で、様々な病気と闘いながら歴史を積み重ねてきている。そして、今は100年に1度程度起こるパンデミックが当面の危機だ。千万単位が病気になり、百万単位で亡くなっている。これは恐怖以外でも何者でもない。

しかし、本当に恐れなければいけないのは目の前に見えることではない。かつて海のあった火星が死の惑星になるのには、何が理由であったのだろうか。その理由は、私にはわからないが、地球の温暖化が同じようなことを地球でも起こすと言うような想像はできる。地球全体が徐々に温まっていくと、ある時点で地球の回復能力を超え、急速な温度の上昇につながる。これは様々な条件で起こる現象だが、臨界点を超えると、もうその先は一直線に究極まで止まらない。等比級数的に温度は上昇せず幾何級数的に上昇していく。最後はほんの短い時間で、地球の大気や水に大きなダメージを与え、火星のように干上がってしまうと言うようなシナリオも考えられる。

私たち個人の時間の感覚よりもからすると、長い時間がかかるが、遠くない未来の話だ。宇宙の時間からするとすぐのことなのかもしれない。宇宙にもう一つ赤い惑星が誕生する時だ。

当面の危機の新型コロナウィルス感染症は11月に入って急速に悪化してきた。日本では、また昨日11月21日に新記録を更新し、1日で2,595人の新規感染者が発生している。アメリカでは1日198,000人とほぼ20万人と言う単位になってきた。世界では1日で65万人を超えている。

ファイザーとモデルナのワクチンが、12月から主に医療従事者と高齢者を対象に、アメリカでは接種が始まると言うニュースが昨日発表された。これが唯一の頼みの綱であり、日本でも1日も早く接種が始まることを希望している。が、それは多分日本では、来年後半でまだまだ先の事だ。それまでにどれだけ感染が広がり、犠牲者がどれだけ出るのかわからない。

当面の危機対応と長期的な地球の危機への対応を求められている。

サクラ・やらせレビューに注意

11月20日のコロナウィルス新規感染者数が、1日で2425人とまた新記録を更新している。アメリカも1日に18万人をまた超えている。気をつけなければいけないのは検査数との関係があるので単純に増えていると結論できないが、感染が広がっているのは事実だ。

ようやく政府はGoToトラベルや移動自粛などの対策の検討を始めている。移動自粛まで行くかどうかわからないが、今の状況では要請と言うようなことになると思われる。

自宅にこもっているような状況で、ECのマーケットは好調だ。オンラインで買い物する時に参考にするのは、口コミやレビューである。気をつけなければいけないのは、それが本当にユーザーのレビューや口コミかと言うことだ。

インターネット上には、様々な情報が溢れている。ステマと略されるステルス・マーケティングで口コミやレビューを装って商品の広告になっている情報も多い。アフィリエイトの目的のために、その商品の良い点だけをほめたたえるために作られたサイトもある。

購入を検討している商品の評判や口コミをインターネットで検索して情報を集める際に気をつけなければいけないのは、上記のようなサイトを見分ける事だ。サイトの見かけだけで言えば、きれいに作られた専用の口コミ情報サイトは怪しいと思って良い。反対に信用できそうなのは、個人のブログなどで、その商品を使用感などを書いている場合だ。見分けるのが難しいので、インターネットに検索で出てくる情報は怪しいと思ったほうが安心だ。その上で内容やサイトをよく読んで判断する。

アマゾンで購入する時は、レビュー欄のコメントを参考にする。当然に星の数も見る。これもどれだけ正しいのかどうか解らない。やらせやサクラが多いからだ。

それで私が使っているのは「サクラチェッカー」と言うサイトだ。ここにその商品のアマゾンでのURLを入れると、危険度が表示される。これはその商品のレビューの日付や内容を、アルゴリズムで危険度を表示してくれる。私は、決まったもの以外の新しい商品の購入の場合には、必ずこのサクラチェッカーで、サクラ度を確認してから購入するようにしている。

「サクラチェッカー」のURLは貼らないが、「サクラチェッカー」で検索すれば必ず見つかる。おすすめである。