壁に猫の絵

リアルとオンラインの大学授業

先週末から急に涼しくなった朝晩は寒い位で散歩の時の着るものも変わった。もう今年の夏も終わってしまった。今年の夏はコロナ禍による自粛とティックトックの騒動と少し遅れたスポーツの開始で今までと今までとは全く違う夏だった。

大学は今週から授業が始まる。

私の勤務する大学では前期の間はすべてオンラインで授業が行われた。オンラインといっても2種類あって事前に録画した授業を学生が好きなときにストリーミングで見るオンデマンド形式とリアルタイムでインターネットを介して会話も出来るような形の授業がある。後者はどちらかと言うと少人数で講義と言うよりはゼミのような形で行われる形式の授業で用いられた。

後期は、基本的には対面授業だが、大人数の講義形式の授業に関しては前期と同様にオンデマンドの授業が再び採用される。もちろん理由としてはコロナウィルスの感染を避けるためだ。しかし授業の形式によっては講義内容を学生がよく理解するためにはオンデマンドで途中で止めて資料を参照したりして学ぶ形式は決して劣っていないと言うことがわかったからでもある。日経で早稲田大学の田中総長がインタビューに答えているが学生が1人でよく考える授業にはオンラインが向いていると考えているようだ。

「オンライン授業は、1人でよくよく考える『熟慮』に向いている。ただ、熟慮で導き出せる表面的な結論を乗り越えるには、対面を通して誰かとじっくり議論をする『熟議』が必要。それこそが対面の価値で、教員が質問にも答えず教室から去ってしまうなら、対面の意味はない。それはポストコロナの時代でも大事な考え方になるはずだ」

日本経済新聞 早稲田大学 田中総長インタビュー

新型コロナウィルス感染症による新しい生活様式は大学教育だけではなくすべての生活仕事をこれから変えていく。人と人の接触がリスクを高くすると言う事は今後も変わらないし、移動によるリスクも考慮しなければならない。

大学教育においてリアルな対面授業とオンライン授業が両方が使われるようになるのは、コロナ禍がきっかけだが教育と言う目的を考えるとオンラインが取り入れられたと言う事は決して悪いことではなかったと思う。

田中総長が答えているようにオンラインだけでは大学の機能は果たせない。田中総長の発言では1人で学んで熟慮し、その上で熟議を教員と行うと言うことをおっしゃっているが、その両方がなければ教育と言う目的は機能しない。

同様にこれを仕事に当てはめると、オンラインで行うこととリアルで行う事を切り分けて、収束後においてもオンラインで行う事は続けるべきだろう。

よくある会議で情報共有や伝達のための目的であればオンラインで充分であろうし、顔を合わせて議論をして結論を出すような会議はオンラインでも行えるが対面で行う方が良い場合もある。会議の参加者についても人によってはオンラインでその会議に参加できれば良い。

今回のコロナ禍のリモートワーク・オンライン会議の経験でそういうことが一般的に行われるようになれば効率は上がる。

これは不動産業界や旅行旅行業界に大きな影響を与えると想像されるが、オンラインでできる事はオンラインで済ますと言うような行動様式が生まれるべきだと思う。

このことにより普段の生活は大きく変わる。通勤をあまり考慮せず出張も減らせるとすれば時間の余裕が生まれ生活や個人の時間は豊かになる。今回のコロナ禍の危機にあって新しいものが生まれるとすればそのような考え方だ。合理的にオンラインでできるものはオンラインで済ませる。

実際にオンラインショッピングと言うのはすでにコロナ禍の前から買い物行動の重要な方法になっていたわけなのでこの傾向はますます進み、流通業界は対応迫られるし対応できない企業は存在できなくなる。セブンイレブンは配送に力を入れると言う発表している。

飲食業界も出前やレトルト等での販売を重要視するようになる。

与えられた環境の中で最善の方法を考えていくべきだ。英語の諺に「人生がレモンを与えられればレモンネードを作れば良い」と言うことがあるが、これはレモンと言う言葉に不良品という意味が含まれているので、その状況から最善のものを考えると言うことだ。 この諺のようにウィズコロナの時代を生きていくしかない。今週から始まる後期の授業も対面とリアルの良さを生かしたような授業と教育を心がけたい。