テロリズムの時代

先日のパリでは、迷彩服の6人の兵隊が隊列を組み機関銃を構えて街中をパトロールするのに何度も出くわしたり、地下鉄の駅で職務質問をしているところを見たり、大きな施設では手荷物チェックがあり鞄を開けて見せなければならなかった。ルーブルは金属探知機をくぐり手荷物は飛行場のようなX線検査機をくぐらせた。このために予約のない人はルーブルのチケット売り場にたどり着くまでに1時間以上は列に並んでいたようだ。個人的には、あまり人が多く集まる観光地に用はなかったのだが、それでも2015年のテロの影響は見ることができた。

それが、帰ってすぐのシャンゼリゼでの銃撃戦である。警官が撃たれて死んだと報じられたが、そんなにすぐに起こると思わなかった。

現代という時代はテロリズムと同居の毎日である。日本はというとテレビでは毎日、ミサイルが飛んできた時の注意が放送されている。そういうものを聞きながら、ケネディ政権下のキューバ危機について考えていた。キューバ危機は、戦争直前まで行ったとは言え危機にあったのは2週間程度、事件が完全に収束するミサイルの撤去まで入れても一か月と少しの出来事であった。日本は、これから何か月もあるいは何年もミサイルの危機に怯えて暮らすのか思うと気が重くなる。こういう世の中の落ち着かない気分が日本人の気持ちや芸術、経済活動にどのような影響を及ぼすのか関係ないのか。そんなことも気になる。

ジョン・サマヴィル「人類危機の十三日間」やその元になったと言われる「13日間―キューバ危機回顧録」 ロバート ケネディが思い浮かぶが、この北朝鮮ミサイル危機は何か作品を生み出すのか、それともぼんやりとこの危機を受け止めて何も残さないのか興味がある。

写真はパリのサンマルタン運河。パナマ運河のような閘門式運河である。リパブリックでメトロを降りて東側に行くと中華街のような好きなエリアがあるが、今回もその方向に足が向いた。ただし午前中だったので多くの店は閉まっていて写真を少し撮って素通り。このそばの通りの市場も休みの日なのか店はでていなかった。その後、地下鉄でアリグレ・マーケットまで行ってランチをとった。

今回の旅行では美術館へ行くのがメインなので食事は美術館で簡単に食べたのと、間の2日間で少し街歩きの時に、アリグレ・マーケットの市場、それからダゲール通りの市場とバスティーユ北側の市場のそばのレストランで食事した。市場のカウンターはバルセロナのような食欲をそそる食材ではなくサンドイッチなどが多く残念ながらパスした。

どこも時たま現れる兵士を除けばのどかな観光地そのものだが、いつどこに恐怖が現れるかどうかわからないという点で私たちはテロリズムの時代を生きている。