コロナ禍とオンライン授業

2020年の前期ももうすぐ終了。新型コロナ感染症の影響で開始が2週間ほど遅れ、対面授業もできず、全てオンライン授業となった。オンライン授業と言っても2種類あるということを初めて知った。一つは、オンラインのリアルタイム授業、それからオンデマンド型の授業。授業はどちらの方法でもできるが、ゼミのような少人数で質疑を伴うものはリアルタイム授業でないと無理だ。

私の授業は、両方の方式を使った。ゼミはリアルタイムで、大人数の講義はオンデマンド型。どちらも初めての経験なので、システムの使い方に慣れるというハードルがまずあったが、それは大した問題ではなかった。問題なのは、オンデマンド型の録画。録画するということは、リアルの対面式の授業なら気にもしないような言い間違いを修正しなければいけないこと。録画を止めて、戻って再録画だ。これが結構、多かった。それからもう一つは、話が脱線して雑談モードに入ることが憚れるということ。録画しているのに馬鹿話はできない。第一、学生だけでなく、他の教員も見ようと思えば見られる設定になっている。これは、あくまでも私が働く大学ではということだ。お陰で授業の準備に随分と時間がかかってしまった。

良い点は、録画を済ませてアップロードしてしまえば時間の制約はないこと。教室に行かなくても学生は講義日以降で好きな時間にストリーミングで見られる。学生にも聞いたが、分からないところを巻き戻して確認できるので便利だということだった。

授業の内容によっては、コロナ禍とは関係なく使えるのではとおもう。知識の伝達などの内容であればかえって効率的なこともある。これは、コロナ禍が収束しても検討すべきことだろう。

オンライン授業のためにノートPCを使用してきたのだが、汚い話で恐縮だが、すぐにPCのキーボードや画面が唾の白い後で一杯になること。写真や絵画を見るときにマスクをしたりハンカチで口を押さえるのは唾が飛ばないようにということは知っていたが、少し喋るだけであれほどの唾が飛んでいるとは知らなかった。

だから、マスクを感染予防に使うということは効果があるのだとようやく理解できた。今はともかく、自分の身を守るためではなく、他人を守ためにマスクの着用が重要だと知らされた。このマスクの着用の習慣は、収束後も続くのだろうか。スペイン風邪の際にもマスクの着用が推奨されたり義務化されたようだが、その習慣は長くは続かなかった。今回はいつまで続くのか興味深い。

それがしの一日

少し忙しくなってブログが半年も放置状態になった。忙しいと言っても簡単なブログを書く30分ほどの時間もなかった訳ではないので、むしろ精神的な問題。色々なことが一度に起きて対応できなかった。とは言え、しっかり夏休みを取って関西に行ったし、9月には1週間、イタリアを旅行した。振り返ってみれば大したことのない出来事の集積なのだが、その真っただ中にいると、そのようには考えられないことは今までも経験してきたことだが、どうも性格の問題なのだ。目先のことで頭が一杯になってしまう悪く癖はこの年になっても治らない。

城山三郎が石坂泰三について書いた「もう、きみには頼まない」に出てくる「それがしの一日」のような気分というか気概が備わっていないということだろう。あれを読んだのはもう18年も前になる。その当時、やはり大きなプロジェクトに一年余りも関わって、まったく余裕のない時期だった。そのプロジェクトの仕上げのために3週間の海外出張に行く際に持参した何冊かの文庫本の中の一冊だった。石坂泰三という人物のスケールと自分を比べるのも愚かなことだが、それでも「それがしの一日」ということだけは忘れないようにしようと出張先のドタバタの中で考えていたことをよく覚えている。ついでに書くと、予期しない事態が発生して、帰国してから半年もその収拾のためにまた忙しい思いをすることになった苦い思い出も蘇ってくる。

それがしの一日から余計な連想をしたが、これからは、その教訓を生かして周りをよく見まわして生きていこうと思う。どうせ、残り少ない人生、真剣過ぎても危ない目に合うばかりだから余裕を持たなければと思うようになってきた。

ということで2017年はこの数年の中でもちょっと緊張した年だった。年末になって思うことは、考えすぎず新しいことにチャレンジしようということだ。

 

 

荒木町

久し振りの友人と会食。場所は相談して荒木町へ。このところ足が遠のいていて数年ぶりだ。新宿通りの反対側の須賀神社は昨年ヒットした「君の名は」で有名になったが、おじさんの街の荒木町はもちろん映画には出てこない。

この日はドイツビールの店と寿司屋を訪問。どちらもおいしかった。昔は野菜鍋の店やイタリアン、焼き鳥とかに通っていたが、イタリアンは有名な店になってどこかに移転してその後行っていない。それで言えば、坂の一番下のエリマキラーメンも行かなくなって何十年もたつ気がする。夜中にラーメンを食べる習慣があったのは今世紀の初めまでだ。

友人との話は近況の交換だが、新しい事業を開始したことやその企画の発端、苦労話など話を聞く方が主であっという間に時間が過ぎた。話に出たアイディアを話し合うための近日中の再会を約束して家路についた。今週は夜の会が多くてちょっと疲れ気味だ。

写真はロンドン、トラファルガー広場

ふるさと納税でライカマウントレンズ

長野県中野市が始めたのは、ふるさと納税の礼品にコシナのレンズを使うというもの。ふるさと納税は周りでも何人かがやっていて知ってはいたが、農産物やお肉をもらってもとか、なんとかなく面倒という感じがして全く興味がなかったのだが、コシナのフォクトレンダーと聞いては関心が湧く。

それで中野市のサイトに行ってみるとニコン、キヤノン、ソニーのマントのレンズもありフォクトレンダーも何種類かある。それで他のサイトに行って納税可能額を調べてみたらレンズがもらえるだけは十分あることが分かったので早速申し込んだ。この間わずか10分以内。

申し込んだのはフォクトレンダーの50mm1.1fのレンズ。このところ35mmより50mmをよく使うのでちょうど良かった。2週間程度で届くというので楽しみだ。それで支払った額は来年の税金から差し引かれるので買った訳ではない。東京から中野市に支払先を変えただけだからむしろ良いことをした気がして気持ち良い。

ボイジャー1号

プロキシマ・ケンタウリについて調べた際に、ボイジャー1号のことが出てきた。

Wikipedia引用———————————————————–

プロキシマ・ケンタウリは、地球との近さから、しばしば恒星間航行の目的地として挙げられる。宇宙船に重力加速度と同等の等加速度運動が恒常的に可能であれば、速度だけならば減速を考慮しても約6年、10分の1の0.1Gでも減速込で約14年で到達可能となる。 しかし、ボイジャー1号 (17.3km/s) のような等速度運動では数万年単位(ボイジャー1号の場合は7.3万年以上)の年月を要する距離であり、21世紀初頭の技術で到達するには人間個人の時間スケールで考えれば膨大な時間が必要となる。

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ボイジャー1号は、人類初めて太陽系圏の外まで飛んで行ったそうだ。これは月着陸くらいすごいことだと思う。ボイジャーのことはなんとなく覚えているが、1号、2号と2機あったそうだ。1977年に打ち上げられたが、その頃には少し話題になった。ユーミンも「ボイジャー」というアルバムを少し遅れて発表している。

そのボイジャーだが、なにせ1977年の技術だから、搭載されているのは8トラックの音楽プレイヤーだし、コンピュータのメモリーはiPhone16Gの24万分の1だそうだ。確かに1977年だから、Appleで言えばApple IIが出たばかりだし、Nikonで言えばF2の時代だった。 Apple IIは記憶装置がカセットテープだったし、F2は完全機械式のカメラだった。そんな時代の技術が36年も飛んで、たった23ワットの送信機で太陽系圏外から通信しているからすごいものだ。

このボイジャーだが搭載されている金のレコードのことが話題になった。この金属製のレコードには各言語のあいさつや音楽が収録されている。27曲の音楽でなじみのないものもあるが、日本のものもある。良く知らないのだがきっと有名な曲なのだろう。それは、「鶴の巣籠り」という尺八の曲で山口五郎さんという人の演奏だそうだ。他には、

「ブランデンブルク協奏曲」
「ジョニー・B.グッド」    チャック・ベリー
「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ 」   ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
「魔笛」     ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
「ペルー」     コンドルは飛んでいく
「Melancholy Blues」       ルイ・アームストロング
「春の祭典 」    イーゴリ・ストラヴィンスキー
「平均律クラヴィーア曲集」     ヨハン・ゼバスティアン・バッハ     グレン・グールド
「交響曲第5番(ベートーヴェン)」     ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
「弦楽四重奏曲第13番 (ベートーヴェン)」     ベートーベン

チャック・ベリーとかアームストロングを除くとクラシックに偏りがあって人類を代表するかと言うと良く分からない。ビートルズの「Here comes sun」を収録しようとしてレコード会社に断られたそうだが、他のポップスなども欲しかったかな。

ともかくいつの日か太陽系の外の宇宙で誰かが発見して聞くかもしれないと想像するとうれしくなるな。

新宿百景

久しぶりの休日なので雨が降りそうな中、下北沢から代官山まで自転車で写真集を見に出かけた。下北ではほん吉とビビビ、代官山はTサイトである。代官山の蔦屋の写真集の在庫は素晴らしく新刊から名作までなんでもある。というのは言い過ぎで写真集は少ロットで多種が発行されているから全て集めるいうことは不可能だ。

下北でも代官山でもこれはというようなものが手ぶらでライカショップに入ったら、「新宿百景」が山積みになっていた。代官山のこの店にもわずかに中古のカメラとレンズが売られているので癖のようにいつも吸い込まれてしまうのだ。と言ってもここでまだ買ったことはない。

お店の人に言って一部いただいて早速、読み始める。チェキで撮った写真は大きく引き伸ばされて良い雰囲気だ。写真はこうでなければならない。綺麗に写るのだったら自分の目の方が確かだ。レンズと化学物質で違う世界観が提示されてこそ写真と感じる。

このタブロイド新聞型の小冊子は、BEAMSが制作してBEAMSの新宿で配布されていたのは知っていたが、時間がなくて行けなかったので代官山でついでにもらえてラッキーだった。

森山大道さんは知っているが、他のお二人は知らない人だが全体的に雰囲気は統一されている。

気温21度

Sapporo札幌の2日目。最低気温は15度のようだが、朝食を済ませて外に出るとビルの温度表示が21度になっている。東京の毎日の暑さと湿度を考えると天国の様だ。

今日は夕方まで仕事をして夕方の飛行機で暑い東京に戻る。

快晴の東京

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台風が11年ぶりに関東に直接上陸したりと、しばらく雨空の東京だったが、今日は朝から快晴。朝の散歩も快適だった。この時間には、少し雲も出てきたが、早い時間は眩しい群青色の空だった。

今日から北に向かって旅行。持って行くカメラを最後まで悩んだが、今回はデジタルのみにした。