ジャック・フィニイ 「ふりだしに戻る」

スティーブン・キングの11/22/63を読んだ際に、その本のあとがきで彼が読むべき本としてあげていた ジャック・フィニイ 「ふりだしに戻る」をやっと読んだ。感想はどちらかというと微妙。

 二つあって、タイムトラベルものだから、いずれにしても非科学的的なのだが、ある程度の納得がほしいということと、それとストーリー展開が平凡な感じがするからだ。良い点は19世紀のニューヨークの雰囲気が丁寧に書きこまれていて、リアリティをもって田園時代のニューヨークを感じた。よく歩いていたような場所が農場で、鶏や豚が飼われていたなどは知識としては知っていたが、この小説で実感できたことがある。

セントラルパークは郊外の豚が飼われているような湿地帯を土壌改良をして公園を造ったと読んだことが以前あったが、この小説の舞台の1882年より少し前のことで、小説には初期のセントラルパークが登場する。セントラルパークは、いまの形になったのが、1876年というから小説の舞台より6年前だ。あの巨大な公演を人工で作ったことは、東京でいえば、明治神宮の森が植林で一から作られたことと同じだ。人間が多少手を加えれば、自然が後を作ってくれる。

納得の問題だが、くどくど説得力のない説明をするより、スティーブン・キングの小説のように1行で過去にいける穴がありましたというように、一気にフィクションだからということで、そこを乗り越えるという技もあるし、たとえばマイケル・クライトンのように一見科学的な説明をするという技もある。この小説の書かれた1970年代の時代背景があるのかもしれないが、説得力がなくて説明が長いのでなかなか小説に入れなかった。

この小説は、そういうエセ科学的説明とかどんでん返しのストーリー展開ということでなく、19世紀のニューヨークの雰囲気を感じる小説と読めばそれは面白い。スケッチや当時の写真も挟み込まれていて感じがよくわかる。

いくつか、面白かったのは、2番街に The Second Avenue Elという高架鉄道が走っていて、Elと呼ばれていたこと。これは全く知らなかった。高架鉄道と言えばシカゴだが、あんな雰囲気だったのか。

それから、フラットアイアンビルがまだ未建設で、その前のマジソン公園に自由の女神の腕だけが置かれていて建築のための寄付が募られていたこと。

Jウォールター・トンプソンがたった一人で広告会社を始めていて小さなオフィスで営業しているが、主人公が、その人に会社はうまくいきますよと教えたくなってしまうこと。この小説が書かれた時には、多分、Jウォールター・トンプソン社は、世界一の規模の広告会社だったはずだ。

小説の重要な舞台はダコタハウスとグラマシーパークだが、どちらも雰囲気は変わっていないだろう。働いていた会社がグラマシーパークのそばだったのでよくその公園の周辺を歩いたが、住人以外は鍵を持っていないので中に入ったことはない。見渡せるほどの小さな公園なのでランチタイムとか夜とかよくそばを歩いていたが、小説の時代とは1世紀以上離れていたが景色はあまり変わっていないはずだ。ダコタハウスは、街の中心からあまりに遠いので、ダコタの名がついたと聞いたことがある。ジョン・レノンが、住んでいて、そこで殺されたから有名だ。

この小説を読んだので、あとはタイムトラベルで読みたいのはハインラインの「夏への扉」と小松左京の「果しなき流れの果に」か。たしかどちらも高校生の時に読んだ気がするが、もう一度読もうと思っている。